一宇邨の地下空間「GF-SOHO」は、使うひとに合わせて柔軟に変化する場。まちに開かれた仕事場でもあり、住居として使うこともできます。
ここにアトリエ「kobo」を構える野口さんが、このたび移転されることになりました。
土曜日の昼下がり、野口さんの仕事のこと、一宇邨のこと、谷のまちのこと、ゆっくりお話を伺いました。
外へつながるGF-SOHO専用の扉から、空を見上げる野口さん。
着る人への想い、素材へのこだわり「White shirt, scale &」
アトリエ「kobo」は、服飾企画・デザインを行っています。野口さんは服飾の世界に入るまで別のお仕事をされていましたが、20代のとき「型紙をつくる仕事がある」ということを知り、この世界に興味を持たれます。もともと服が好きだったこともあり、東京の服飾専門学校へ入学。好きという気持ちの一心で学ばれました。
一宇邨GF-SOHO アトリエの内観
野口さんのブランド「White shirt, scale &」には、着る人への想いと、素材へのこだわりが凝縮されています。
秋冬物を見せていただきました。とても手触りが良く、かわいらしいシルエットです。
「年齢にはこだわらず、おばあちゃんにも、お母さんにも、若い人にも着てほしい。自分の目で納得して選んだ生地、糸を使い、素材と着心地を大切にしています。」
コスト重視、トレンド重視のつくり方ではなく、着る人の体の一部のように寄り添ってくれる服。一見シンプルなデザインの中に、あたたかみを感じるのは、野口さんの想いが滲み出ているからだと感じます。
土の匂いと、空の広さ
野口さんは一宇邨にアトリエを構える以前、木造2階建アパートの1階で10年ほどお仕事をされていましたが、手狭になり移転を決意。より広いアトリエを探されていました。実は一宇邨GF-SOHOの広さは、以前のアトリエとそんなに差がなかったそうです。
一宇邨は、地下鉄七隈線 六本松駅から10分ほど坂を登ったところ。はじめて坂を歩いて登ったとき、「土の匂いがして、空が広い。」と感じられたそうです。五感が研ぎ澄まされる感覚があり、移転を決められました。
一宇邨へ続く坂
「建物の持つ雰囲気、オーナーの建築思想、建物管理に対する考え方に触れるうちに、なにかを生み出す、創造する仕事にとても良い環境だと感じました。また、この坂を“あえて登る”選択をする人は、きっと日常的に五感でなにかを感じる人。感覚的に共感できる人が集まっているのでは、と直感的に思いました。」
中央区谷。坂を登ることが五感を刺激し、感性を磨く要素になっているとは。とても嬉しく感じました。
一宇邨とそこに集うひと、まちの関係性
一宇邨にアトリエを構えられてから、「この場所に明かりがつくのは良いね。」とご近所さんに声を掛けてもらったり、マツパンのパンを差し入れでいただいたりすることがあったそう。
「ご近所付き合いが自然にあり、安心だし、嬉しかったです。」と語る野口さん。
建築家でありオーナーの中村享一氏が一宇邨に込めた建築思想。
それがご近所さんにはしっかり伝わっていて、これまでシェアハウスとして運営してきた歴史とともに、一宇邨がまちの一員として受け入れられている。そこに野口さんが入居されたことで、さらにまちとの関わりが生まれ、日常の中で自然とご近所さんとの関係性が育まれていく。そんな風景が思い浮かびました。
それまで野口さんはご家族で都心部にお住まいでしたが、一宇邨周辺の環境の良さを実感、都心に住む必要がなくなったと感じ、一宇邨の近所にご自宅を引越しされたそうです。
まちの人との関わりだけでなく、もちろん一宇邨住人さんとの関わりも深いです。
野口さんが制作に煮詰まったときは、上階のリビングに行き、住人に意見を聞くことも。パターン(柄)のA案とB案どっちがいいと思う?なんて会話もありました。
そしてオーナーの中村先生と、建築のお話をする時間はとても刺激的。単なるデザインではなく、中村先生の思想を反映した一宇邨の空間には、素材や形ひとつに物語があり、とてもおもしろいのです。お話するたびに、ここが創造的な仕事に向いている空間だと改めて感じられるそうです。
上階の共用部へつながる階段。一宇邨にしかないアトリエ空間です。
また、一宇邨独自の運営の形により解決できたこともあります。
「作業に室内の照度が足りないことを相談すると、中村先生が照明を造作で設置してくれました。住人の仕事のスタイルに合わせて、柔軟に対応を検討してくれることを大変感謝しています。」
一宇邨では、なにか困ったときはまずはコミュニケーションをとり、一宇邨にとって、住人にとって、より良い解決策をつくっていきます。“現代版長屋”を理想の形とする中村先生の考えです。
壁面右側の横長の照明が、オーナー中村先生により造作されたもの。
一宇邨から徒歩30秒、新たなアトリエ。これからの構想
野口さんが一宇邨から移転されることになったきっかけは、ご近所さんとの会話の中にありました。ある日近所の人がアトリエをふらりと訪れ、声を掛けられました。「この近くの家の人が空き家を使ってくれる人を探しているみたいだから、見に行ってみない?」
なんとそこは一宇邨から徒歩30秒ほどの場所。一宇邨の環境は気に入っていましたが、アトリエが手狭になっていたことと、家主の方に良くしていただいたことで、移転を決めたそうです。
まちの空き家の使い手を、ご近所同士のコミュニケーションの中で見つけることができるとは、本当に驚きです。
とても自然な流れのようで難しい、まちの空き家解消の新しいかたちだと感じます。
一宇邨横の坂を登り奥にある家が、野口さんの新しいアトリエ。
野口さんに、これからの構想についてお伺いしました。
「“つくること”に対する想いをエンドユーザーに向けて表現・発信していきたい。先日、自分の服を販売する機会をいただいたときに、エンドユーザーの人とお話し嬉しい感想をもらったことで、少しずつそういう関わりも増やしていけたらいいのかな、と感じました。」
これまでは、デザイナーとして前面に出るよりも、服を手に取ってくれた人が自由に解釈して服を着てくれたら良いな、と思っていたそう。
「こもって考えたり、作業したりすることが好きなのは以前と変わりませんが、一宇邨の住人、オーナー、ご近所さんとの関わりを通して、いろんな人と触れ合うことの心地よさ、楽しさを改めて感じました。」
一宇邨での生活を通して、野口さんの気持ちに少し変化があったそうです。自然と育まれるまちの人たちの関わりを通して、仕事への想いも少しずつ変わっていかれるのかもしれません。
一宇邨には最大で5人の住人さんがいます。日々の自然な会話を積み重ねながら一人一人と仲良くなり、今ではよくお酒を飲む仲です。インタビュー中、偶然外出先から帰宅された住人さんと立ち話に。来週、お酒を持ち寄って食事会を開く計画で盛り上がりました。
谷のまちにアトリエを構えられて2年半。ご近所さんともすっかり顔なじみ。無理されず心地よく、まちに溶け込まれています。移転先の新しいアトリエもご近所さん。これからも変わらず一宇邨メンバーと一緒に、心地良い時間を過ごしていけたらいいなと思います。
野口さんが新しいアトリエでつくられる服も、とても楽しみです。
スペースRデザイン 新野
「White shirt, scale &」
WEB:https://scalefk.com/
Facebook:https://www.facebook.com/scaled.fk/